沖縄野鳥
沖縄野鳥

ノグチゲラ

やんばるの森だけに生息する特別天然記念物

ノグチゲラは沖縄県北部、やんばる国立公園及びその周辺のみに分布する固有種です。沖縄県外では見ることができません。

沖縄県内の生息場所

沖縄島北部(通称「やんばる」地域)のイタジイの優占する樹齢40年以上の照葉樹林に生息しています。
かつては生息域が現在より広く、少なくとも第二次大戦前までは沖縄島中部の名護岳周辺まで分布していたと考えられています 。
しかし、戦中戦後の林道建設や農地開拓、ダム建設のため森林乱伐により生息地が縮小、現在では国頭村・大宜味村・東村に限られた1個体群のみが残存しています。生息個体数も非常に少なく、1990年代の詳しい調査では生息数は約400羽、最大でも500羽程度と推定されました 。その後の正確な個体数は不明ですが、いまだ数百羽規模とみられています。

近年では天敵となるマングースの駆除などの保護施策の効果もあって、生息域がわずかに南下傾向を見せています。2015年に名護市源河で巣内のヒナが初確認され、さらに2023年5月にはそれより南の名護市多野岳~名護岳間の森林でヒナの巣立ちが確認されました 。2025年には、名護市中心部に近い名護岳で確認されており着実に生息範囲が広がっています。このまま個体数が増えると嬉しいですね。

生活

繁殖生態は一夫一妻制で、つがいとなったペアは死ぬまで解消しないほど絆が強いそうです。繁殖は年1回で、主に4~5月に産卵し5~6月にヒナが巣立ちます。巣は森林内の大木(主にイタジイ、その他ニッケイやタブノキなど)の幹に嘴で穴を掘って作られ、直径20~30cm以上の太い立ち枯れ木や、朽ちた生木が好まれます。巣は大体1回、多い場合は3回ほど使われ、その後は廃棄されます。
ノグチゲラの古巣は、自ら巣穴を掘ることの出来ないリュウキュウコノハズクやシジュウカラや、外来種であるセイヨ ウミツバチのコロニーとして利用される場合もあります。

ノグチゲラは定住性が強く一度巣の近くに、次の巣も作るようです。観察によると9年間でわずか0.1平方kmの範囲で生活していたそうです。

一度の繁殖期に卵を2~5個産み、約11~12日間抱卵します 。オス・メス両方が抱卵や育雛に参加し、夜間の抱卵はオスが担当するなど役割分担しています 。孵化したヒナは約27~30日で巣立ちに至り 、巣立った直後の幼鳥はしばらく親から餌をもらいながら森林内で生活圏を広げていきます。野生下での寿命は10年以上もあるそうです。

食性は主に森林内の虫や果実を食べます。
昆虫では特に樹木の幹に潜む甲虫類の幼虫を好み、他にもクモ類やムカデ、陸産貝類(キセルガイ科のカタツムリ)などの小動物を捕食します。
植物ではタブノキやヤマモモなど森林に生育する樹木の果実を食べることが確認されています 。

樹上で幹をつついて餌を探すほか、地上に降りて地面を掘ってセミの幼虫やクモを捕らえることもあります。地面に降りるからこそ天敵に狙われやすいということも言えます。また、ノグチゲラは春先にデイゴの花の蜜を吸う姿も観察されています。

特徴的な行動

心配になるほど、大きな音を立ててドライミングする様子 - 2025.03.23 やんばる国立公園(沖縄県国頭郡国頭村
心配になるほど、大きな音を立ててドライミングする様子 - 2025.03.23 やんばる国立公園(沖縄県国頭郡国頭村)

ノグチゲラの鳴き声は、「キョッ、フィッ、フィチッ」などの鋭い音で鳴くと表現されます。警戒時や縄張り争いの際には「ギュルルッ」という激しい声で鳴き立てます。また、他のキツツキ類と同様にドラミング(木を叩く音)による音でも意思表示を行い、雌雄ともにドラミングしますが、その頻度はメスの方が高いと報告されています。やんばるの静かな森の中で、割とけたたましい音量でドラミングの音が聞こえます。そんなに頭を強く打ち付けて大丈夫なのかな...と心配になる程です。

発見までの歴史

ノグチゲラは1886年(明治19年)に英国人博物学者ジェームズ・プライヤー氏の沖縄調査に同行していた日本人、野口氏(野口源次郎とされる)が沖縄島北部で本種の幼鳥を採集しました 。翌1887年にこの標本をもとに新種のキツツキとして正式に記載発表され、和名は採集者の名前にちなみ「野口啄木鳥(ノグチゲラ)」と命名されました (「ゲラ」とはキツツキ類を意味する語です)。
英名でも発見者にちなみ“Pryer’s Woodpecker(プライヤーのキツツキ)”と呼ばれることがありますが、近年では生息地名から“Okinawa Woodpecker(オキナワウッドペッカー)”とも呼ばれます 。ノグチゲラは進化的にも特異な存在で、長らく1属1種(ノグチゲラ属)に分類され「生きた化石」とも評される原始的なキツツキであり 、その希少さと相まって学術的・文化的価値が極めて高い鳥です。

沖縄島にのみ生息することから、ノグチゲラは郷土の自然を代表する鳥と位置づけられてきました。沖縄県が日本復帰を果たした1972年、県のシンボルとして本種が「沖縄県の県鳥」に選定されました 。県鳥に選ばれた理由は、世界でも沖縄にしかいない固有種であることと、その存在が沖縄の豊かな生物多様性を象徴するものだったためです 。
私の感覚となるのですが、県内ではどちらかというとヤンバルクイナの方が有名であり、ヤンバルクイナは知ってるけどノグチゲラは知らないという方が一定数いる印象です。

保全状況

ノグチゲラは極めて希少なため、国内外で高い絶滅リスクが指摘されており、国際自然保護連合(IUCN)によるレッドリストでは長らく「深刻な危機(CR)」に分類されてきましたが、2024年の最新版発表で「危機(EN)」に引き下げられました 。これは生息数のわずかな増加や脅威緩和を反映したものと考えられます。
一方、日本の環境省レッドリストでは「絶滅危惧IA類」に位置付けられており、国内の鳥類でも最も絶滅の恐れが高い種の一つです。実際、ノグチゲラは「1属1種の原始的なキツツキ」で世界でもここだけに残る生き残りであり、その希少性から1977年に国の特別天然記念物にも指定されるなど 、法律・制度面でも最高度の保護対象とされています。

ノグチゲラはその稀少性ゆえ、国内法で厳重に保護されています。1993年(平成5年)には種の保存法に基づく「国内希少野生動植物種」に指定され、捕獲や譲渡が禁止されました 。さらに1998年(平成10年)には環境省と農林水産省によりノグチゲラ保護増殖事業計画(第1次)が策定され、以降、生息状況の調査や生息環境の保全管理など計画的な保護増殖事業が進められています 。鳥獣保護法の下でも、生息地の核心部分が国指定や県指定の鳥獣保護区に設定され、国頭村安田・東村安波のやんばる国定鳥獣保護区や、西銘岳・佐手・与那覇岳の県鳥獣保護区などで捕獲や攪乱行為の規制が敷かれています 。これにより、生息域内での人為的な圧力を軽減し、繁殖に適した静かな環境の維持が図られています。また、生息地そのものの保全にも力が入れられ、2016年にはやんばる国立公園が指定されノグチゲラの生息森が国の管理下で保全されるようになりました。さらに2021年7月には沖縄島北部や西表島などがユネスコの世界自然遺産に登録され、ノグチゲラを含む固有生態系への国内外の注目と支援が高まっています 。

ノグチゲラとヤンバルクイナの比較

どちらも固有種として有名ですが、細かな点に違いがあります。主に保全の観点からまとめてみました。
全体的にノグチゲラの方が希少性という観点ではやや高い評価を受けています。

ノグチゲラ

ヤンバルクイナ

生息地

沖縄本島北部(やんばる)の森林

沖縄本島北部(やんばる)の森林・草地・藪

生息数

約400~500羽

約1,500~2,000羽

環境省レッドリスト

絶滅危惧IA類(最も危険)

絶滅危惧IA類(最も危険)

IUCNレッドリスト

EN(絶滅危惧種)
※2024にCRから引き下げ

EN(絶滅危惧種)

天然記念物

国指定・特別天然記念物(1977年)

国指定・天然記念物(1982年)

保護法上の位置づけ

国内希少野生動植物種、種の保存法の保護対象

国内希少野生動植物種、種の保存法の保護対象

県鳥

沖縄県の県鳥

(県鳥ではない)

観察しやすさ

昼行性(特に朝・夕方活発)で、樹上にいるのとドラミングや鳴き声で位置で見つけやすい

昼行性だが警戒心が強く、地上性で藪の中に隠れるているので見つけにくい

固有性・希少性

キツツキ科ノグチゲラ属唯一の種
1属1種の固有種(属レベルで世界唯一)のため極めて高い固有性

クイナ科ヤンバルクイナ属の中の1種(他にも複数種あり)
属は共有で近縁種あり

進化の独自性

原始的な特徴を持つ「生きた化石的存在」他のキツツキとは分岐が深い

飛べなくなったのは独自進化ただしクイナ類の飛翔退化は世界的にも複数例あり

ノグチゲラの歴史

ノグチゲラの個体数は、生息域であるやんばる地域の開発と保全に強く影響されています。その観点も含め以下にまとめました。

年代

主な出来事

1880年

恩納村までと非常に広範囲に分布していたと言われている

1886年

野口源次郎が沖縄本島北部で本種の幼鳥を採集

1887年

英国人博物学者ヘンリー・シーボームによって、新種 Picus noguchii(ノグチゲラ)として正式に記載発表

1890年

本種が独立属 Sapheopipo に分類され、学名が Sapheopipo noguchii に変更

1910年

動物学者の渡瀬庄三郎によって、フイリマングースがネズミとハブの駆除のため沖縄に持ち込まれる

1939年

蜂須賀氏の調査によってノグチゲラの生息個体数は100羽を越えないと推測された

1945年

沖縄戦開戦、同年に終結。
戦中戦後の大規模な森林開発により生息地が激減

1959年

森林伐採が県全体で行われ、やんばるでも「山稼ぎ」として過伐・乱伐が発生。年間生産量25.8万㎥のピークを迎え、最大の森林荒廃時期と推測される

1971年

やんばるに、普久川ダム、福地ダム、新川ダム、安波ダム、辺野喜ダムの5つのダムの着工開始し、12年間かけて完成

1972年

沖縄返還に伴い、ノグチゲラが沖縄県の県鳥に選定される。同年、国の天然記念物にも指定

1977年

希少な固有鳥類として国指定の特別天然記念物に追加指定される

1977年

大国林道の建築開始、およそ17年間で全長35.5kmを敷設

1993年

種の保存法施行に伴い、ノグチゲラが国内希少野生動植物種(国内の絶滅危惧種)に指定される

1995年頃

詳しい生息調査により、生息個体数が約400羽(最大500羽)と推定され、従来考えられていた約100羽より多いことが判明

1999年

環境庁(現・環境省)が「ノグチゲラ保護増殖事業計画」を開始。個体に足環標識を装着し追跡調査を行うなど、本格的な保護活動が展開される

2000年

国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストにおいて、本種が最高ランクの「Critically Endangered (CR)」(深刻な絶滅危機種)に指定される

2003年

「世界自然遺産候補地に関する検討会」において、奄美群島を含む琉球諸島が世界自然遺産候補地として選定される

2009年

マングースの捕獲件数が初めて減少傾向を見せ、マングースの分布拡大の抑制に成功する

2010年

沖縄県東村が「ノグチゲラ保護条例」を制定。繁殖地を保護区に定め、無断立ち入りや周辺での騒音行為を禁止することで地域レベルの保護体制を強化

2015年

沖縄島やんばる南端部の名護市源河で、巣内のヒナの存在を初確認。戦後に途絶えていた南部での繁殖再開を示す記録となる

2016年

沖縄島北部地域が「やんばる国立公園」に指定され、ノグチゲラの主要生息域が国立公園として保全対象になる

2021年

「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」がユネスコ世界自然遺産に正式登録。ノグチゲラの生息するやんばるの森が世界的に価値ある自然として認められる

2023年

名護市の多野岳~名護岳間の森林で巣立ち雛が確認され、生息域がさらに南方に拡大したことが明らかになる

2024年

国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストにおいて、本種がCRから一つ下のランクの「Endangered (EN)」(絶滅危機種)に引き下げられる

2025年

名護市の名護岳でノグチゲラの成鳥(雄)を初めて確認。同地での繁殖記録は無いが、前年には雌個体も確認されており、南限域での繁殖実現に期待が高まっている

参考